まだ、結婚してないウチに書いておこう(笑)
私が30才でバツイチになった後に、
8才年下の青年と恋に落ちた。
それがノンちゃん。当時22才。
彼はチェリーボーイで私が全部教えた。
私は心を病んでいて彼が全部支えてくれてた。
当時は彼が全てだった。
私はまだ働けていたし、元気だった。
デートはシンプル。映画と珈琲専門店。
毎日聞いた「私のこと好き?」
毎日答えてくれた「好きやで」
それでも、東大阪に実家のある彼は、
お盆と年末は一緒にいられなかった。
その間は電話もかけてくれなかった。
親に内緒の恋だった。
ノンちゃんは一人息子だから、
知られたら大変だったろう。
夏は我慢出来た。
年末年始が辛かった。
私は年末年始にトラウマがあるので、
一人ですごすと孤独でどうしようもなかった。
2年目の年末に手首を切った。
痛みは生きてる証だった。
まだ、軽い自傷行為。
3年目の年末に手首を切った。
死んでもいいくらいの深さだった。
自分で止血した。死にたくはなかった。
結婚している時は首を切った。
確実に死にたかった。
絶望なんて言葉は軽過ぎる。
ノンちゃんはそれでも別れなかった。
明るい笑顔と大阪弁で受け止めてくれた。
それでも、私を親に隠し続けた。
8年経った時、うっかりと
ノンちゃんの両親が彼の寮に来てるのを忘れて、
電話してしまった。
ノンちゃんは親に何か言われたらしく、
「君のことはアルミの業者やと言うとくわ」
と切れていた。私は呆れていた。
「なんやそれは?あんたもう30才やで?」
ノンちゃんはお母さんのお腹の中にいる時に、
親が離婚している。お父さんは小学生の時に出来た。
だから、親に対して強く出られなかった。
自分が結婚すると言えば家庭が壊れると信じていた。
いや、それより私となんとなく恋を楽しんで、
無責任に愛しあっていたかっただけなんだった。
9年目に親方と出会った。
5才年上の大人だった。(心は少年だけど)
だから、ノンちゃんとの10年目は、
いわゆる2股になりかけたので、
「恋人と言うカテゴリーは無しにしたい」と
ノンちゃんに言った。
責任を取れないノンちゃんは受け入れた。
それでも、彼の写真を飾ったままにして、
ウチに来た親方はちょっと動揺していた(笑)
ハッと気付いてソッと隠したが遅かった。
でも、親方は何も言わなかった。
長く付き合っていた人がいるのは知っていたから。
11年目に別れた。完全に友達としても無しになった。
すると不思議なことに。
あんなに偶然会った電車で会わなくなった。
本屋や街でも、嘘の様に出会ったのに、
何かが起こった様だった。
彼が行動範囲を私と被らなくしたのだ。
意図的に。
これが恋の死と言うヤツなんだと思った。
親方は付き合いだして一度も私を故意に
一人にしたことはなかった。
それでも、ノンちゃんからもらった
ゴルチェの指輪を左手にするのだけは嫌がった。
なんとなく、嫌そうな目で見るのでつけるのをやめた。
ノンちゃんからもらったヘマタイトの大きいリング。
気に入ってたんだけど、親方に言えなかった。
そして、去年の年末に婚約指輪とピアスをもらった時に、
そのリングを出して「ただこの指輪が好きなの」と言った。
「左手にしないならいいよ」と言ってくれた。
「その指輪が気にならないくらい一杯買ってあげないとね」
と言ってくれた。泣いた。号泣した。
私の10年の恋がやっと終わったのだ。
ノンちゃんは私を一生懸命に笑わせてくれた。
大阪弁でツッコんでくれた。
「素顔のままで」を歌ってくれた。
ありがとう。今年結婚するんだ私。
その人はピーマンを食べれるし、
茄子も食べられるし、
好き嫌いがないし、
コンサートにも一緒に行ってくれるんだ。
「aikoを聞いたらロリコンだ!」
なんて言わないし(笑)
何より私を独りぼっちにしない人なんだ。
さよなら。10年愛したノンちゃん。
でも、2人で見たあの桜は忘れないでおこうね。
綺麗だったね。綺麗だったね。
さようなら。10年愛したノンちゃん。
★★
これは実話です。
脳内劇場じゃありません(爆)
最近のコメント